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「紙フェス」にてウサ研の本を展示販売します!

2011.08.08 *Mon
久々の更新になります。

なんとこの度 くれBookStreetさん主催の「紙フェス」に
海と坂の街研究会(ウサ研)から小さい本を展示販売することになりました。

1omote.jpg

手づくりですので20冊程度なのですが、
1冊100円で販売します。
気に入っていただけたらご購入よろしくお願いします。
記念すべき第1冊目!お見逃しなく~♪

『紙フェス』について詳しくは くれBookStreetのBlog をご覧ください。

kami_fes.jpg



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| ウサ本 |

音戸渡船に乗り、戸田本店へ。

2010.11.16 *Tue
呉の明治の歴史を堪能し、そろそろお腹もすいてくるころ。
予約している「戸田本店」に行くため、移動することになりました。
(市バスと渡船で行きます)
市営バスにゆられ海上自衛隊の潜水艦の基地である
「アレイからすこじま」の前を通り、
昭和の雰囲気満載の日新製鋼の工場の横を通りぬけて。。。
(このルート、呉にお嫁にきてはじめて通ったときは大興奮でした)

バス停 音戸渡船口で下車します。
渡船でまずびっくりするのが時刻表がないこと!
一人でも向こう岸にまつお客様がいると
やってきてくれてなんと「70円」で乗せてくださるのです。
日本一短い定期航路っていうのもカワイイですよね。
お隣で販売されている音戸天ぷら食べ食べ船がくるのを待ちます。
tosen1.jpg
とにかく風が強く白波がたっておりました。
坂の上の雲満喫したくて着物でやってきたわたくしトロトロ....
(緑の屋根の下におります)
こけて海に転落したら着物が重くて溺れるな...なんて想像しながら慎重に乗り込む。
tosen2.jpg
キムチンさん、風でショール飛ばないようにしっかり押さえてます。
みんな乗り来んでさ~出発!自転車も乗ってました。
(渡船は皆さんの生活の足なんだな~しみじみ...)

向こう岸には「戸田本店」が見えました。
todahonten1.jpg
130年建つという建物は貫禄そのもの。
この玄関はいろんな重鎮が使ったのだろうな~。
(さ、お腹空いたぜよ~しっかり食べるぜよ~)
todahonten2.jpg
とにかく鯛づくしでした。
スイマセン....食べることに夢中でこの画像だけになります。
・蛸の酢みそわかめ添え
・牡蠣の白和え
・鯛とイカのお刺身
・鯛の焼き魚
・鯛の煮魚(画像)一人1匹よ!
・天ぷら
・鯛飯と鯛のお吸い物
・デザート(果物)
ま~食べた食べた、お腹いっぱい!!
窓から音戸の瀬戸が一望できる絶景を見ながらシタツヅミ♪
海軍の上官になった気分.....ひとり妄想。。。。
仲居さんのお話によると、戦前は海軍のひとたちの憩いの場所、
芸者さんを呼んで賑やかに遊ぶところだったとのことです。
現在はまた趣がかわり、のんびりゆっくりくつろげる
大人の贅沢を味わえるところだな~と思いました。

あまりにもお腹いっぱいで帯がきつくてきつくて。。。。
のんびりくつろがせていただきました。
(戸田本店さん ありがとうございました)
さあ~音戸の旧道巡りにくりだしましょか!
ondo1.jpg
路地をテクテク行っていると思わず見つけちゃいました。
カワイイおじいちゃんが木彫りされてます。
仏像かな~とじっくり見ると何やら形のいいボインがございました♪
(いろいろお話ききたかったけど先へすすみました)

音戸大橋の音戸側の下に「かくれ地下道」があったのにもビックリ!
石畳の路地に漆喰の壁。。。木製の電柱に赤い丸ポスト、
軒先の洗濯物の向こうには赤い音戸大橋、昭和ですね~。
路地好きにはたまらない、そんな町並みでございました。
ondo2.jpg

音戸大橋の手前のうずしおの前のバス停から呉駅行きの市バスに乗り、
もどりました。
なごり惜しいウサ研メンバーの女4人、
いっぱい歩いた足をやすめつつ
呉阪急ホテルの喫茶店で今日の反省と今後の活動もふまえてのおしゃべり♪
女性ってしゃべると疲れがふっとぶのか?(ごめん私だけ?)
またいろいろ楽しいこと考え中なのでありました。

(前半のお話はこちら→)






| 倉橋島 |

青山クラブ~呉音楽隊~入船山記念館を歩く。

2010.11.16 *Tue
ウサ研のメンバーは11月の秋晴れの中、2回目の社会見学をしてきました。
今回は。。。

青山クラブ 集合→呉音楽隊→入船山記念館-----市営バス----
---音戸渡船→戸田本店(昼食)→音戸の町並みを歩く---市営バス--帰路。。。

というコースです。

まずは集合場所だった「青山クラブ」
aoyama_club.jpg
赤茶色のモダンな建物。。。JR呉線の通称眼鏡橋の近くにあります。
ここはいったいなんなんだろう?ずいぶん前から気になっておりました。
この場所を明治38年に旧呉海軍下士官兵集会所として利用されはじめ、
昭和10年にあらためて建てられた建物が現在のものです。
当時の海軍に携わる仕事をしていた人たちの憩いの場であったとのこと。

呉音楽隊 音楽堂(桜松館)
ongakutai.jpg
青山クラブの中をどんどん案内していただきます。
一番奥まで行くとあるのが「呉音楽隊」のための音楽堂(桜松館)があります。
ここでは当時いろんなイベントやライブが開催されていたとのこと。
今は呉音楽隊の練習する場所として利用されているようです。
呉音楽隊とは音楽演奏を主な任務とする海上自衛隊の部隊です。
海上自衛隊の広報活動やいろんな自衛隊の儀式に参加して演奏されます。

音楽堂の一角に「河合太郎さん」に関する資料が展示されていました。
河合太郎さんとは
日露戦争時の連合艦隊旗艦「三笠」の乗組員で、呉海軍軍楽隊長を務め、
第2次大戦後は呉市や中国地方の音楽文化振興に力を注いだ方です。
司馬遼太郎の坂の上の雲にも登場されます。
河合氏は明治17(1884)年生れ、
明治34年に横須賀海兵団に入り軍楽隊員として勤務(楽器はコルネット)。
「三笠」の乗組員として日本海海戦に参加し、
戦闘中は前部主砲の伝令を務められています。
「皇國ノ興廃此ノ一戦ニ在リ 各員一層奮励努力セヨ」
東郷平八郎連合艦隊司令長官の座乗する旗艦三笠がZ旗をマストにかかげ、
全艦隊の士気の高揚を図った出来事が有名です。
そのときの意味がこの言葉であり、作者は秋山真之、
そしてその信号を送ったのが河合太郎さんだったとのこと。
資料を見せていただきながらつながってここでこうしてまた知ることができた!
私はひそかに感動を覚えたのでした....。

そんな興奮を胸にかかえたまま次は呉市入船山記念館へ。。。
「旧呉鎮守府司令長官官舎」
irifuneyama1.jpg
まず、「鎮守府」って何?から説明します。
鎮守府とはかつて日本海軍の根拠地として艦隊の後方を統轄した機関のこと。
呉だけでなく、横須賀、佐世保、舞鶴にもありました。
明治19年に第2海軍区鎮守府を呉浦に決定され
明治22年に呉鎮守府が開庁されます。
それからの宮原村呉町は一変します。
当時入船山まで海だった場所は埋め立てられ、海軍の拠点となりました。
神社やお寺も移築することになり、それは大変だったようです。
和洋折衷、客室と食堂は洋館部、
司令長官とその家族の住居だったところは和館部となっています。
洋館部の壁は贅沢な「金唐紙」を使用。
金唐紙とは...和紙に桜の木に模様を施したものをあて、
      模様を浮き上がらせた技法でできた紙
irifuneyama2.jpg

irifuneyama3.jpg
外国の美しいものもうまく取り入れる日本人のセンス。
日本家屋の美をじっくり味わえる建築物だとしみじみ思いました。

このあと、市バスに乗り、音戸渡船で倉橋島音戸へ渡ります




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『旧 海軍兵学校 (海上自衛隊第一術科学校)』へ社会見学に行く。

2010.10.04 *Mon
9/2に結成したウサ研!メンバーはじめての社会見学(遠足)として、
旧海軍兵学校(海上自衛隊第一術科学校)」へ行ってきました。
呉からはじめてフェリーで行きました。呉港→小用港(江田島)
船で行く江田島もまた乙な物です。ちょっと遠くへ行った気分です!
(いつもは橋でつながっているから車で行きます)

etajima1.jpg

小用港には江田島在住のキムチンさんが車で迎えにきてくれてました。
彼女の案内へいざ「旧海軍兵学校(海上自衛隊第一術科学校)」へ!

10:00ごろ到着、入口で簡単な記入を行い、
10:30からの場内案内時間まで待ち合い室で待ちます。
自衛隊OBさんによる案内はユーモアいっぱいで、
とてもよくわかる説明でした。
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まず向かったのは「大講堂」
鉄骨煉瓦石造の大講堂は大正時代に兵学校生徒の入校式、
卒業式また精神教育の場として建築される。
現在は幹部候補生、自衛隊生徒などの入校式、卒業式に使用されているとのこと。

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次に案内されたのが
「幹部候補生学校庁舎(旧海軍兵学校生徒館 通称赤レンガ)」
こちらは明治の建物。案内の方が言うに、
今建てるとすると100億円はくだらないだろうとのこと。
廊下のフックに帽子がかけてある教室では今授業が行われていると
教えていただきました。この廊下、ほんとにカッコイイ。しびれました。

etajima_akarennga.jpg

術科学校の学生さんが毎朝掃除してこのほうきの後を残します。
これも訓練の一部とのこと。
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次に教育参考館のとなりにあった「特殊潜航艇」の説明がありました。
2人乗りの潜水艇とのこと、
実際この潜水艇は真珠湾攻撃の際、最初にこの潜水艇が
偵察にむかったとのことでした。

etajima9.jpg
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最後に「教育参考館」の資料をじっくり見させていただきました。
海軍のはじまりからなので勝海舟や坂本龍馬の資料も。。。。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んで、
すっかり旧海軍に魅了されてしまっていた
私にとってここはまさに聖地。
東郷平八郎さんの遺品の品々、銅像や絵画など、
教科書や図書館の資料でしか見ていなかった実際の絵画なども多数!
本物の持つ力というものをひしひしと感じました。

etajima11.jpg

全然時間が足りず、最後は駆け足で終わってしまいました。
案内はここまでで終了。

まだまだ見たい所はいっぱい、今日は時間切れでした。
また来ようと思います。
日本のすばらしいロマンを感じる場所です。

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| 江田島 |

海と坂の街研究会を結成しました。

2010.10.04 *Mon
2010年9月2日、ちょっと夢見がちな4人の乙女が
『海と坂の街研究会』というものを結成しました。
この”海と坂の街"とは私たちが暮らす「呉市」「江田島市」のこと。

海軍の街呉・江田島の歴史背景。
海からいただく恵みの豊富さ。
坂の路地から見た空。
丘の上から見る風景。
路地の曲がり角には猫。
変わらず営む喫茶店。

呉・江田島にはたまらなく素敵な場所がたくさんあるのです。
私たちが見つけてきたそんな素敵な呉・江田島を
「海と坂の街研究会 記録帖」と名付けて
こちらで紹介していこうと思います。

『海と坂の街研究会』
井上孝子(たかちゃん)
黒星恵美子(甘茶さん)
岡本容子(キムチン)
土路生加津子(トロトロ)

Copyright © 海と坂の街研究会 記録帖 All Rights Reserved.
テンプレート配布者: サリイ   素材: Bee  ・・・ 
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